日本の花たち1
多数の品種があるが、今日では古典園芸植物(後述)の一つとなり、篤志家の間でわずかに保存されているにすぎない(図平3)。
そのほか江戸期の成立で、地名を冠したものには嵯峨菊(京都大覚寺が有名)くらいであろう。
中国の花卉園芸文化の第一次センターは花 種木類が中心で、草はすくなかった。
その影響下に成立した日本の第二次センターは、室町時代にまずツバキとサクラで大きい成果をあげたが、江戸期にはつづいて日本原産の草本性の花卉がいくつも大改良されてくる。
その状態は元禄時代の園芸書の中からよくうかがい知られる。
これらの園芸書をみると、多数の花卉・花木が取りあつかわれているが、それらの配置の分類基準は、季節を目やすにしている。
『花壇綱目』では、春、夏、秋、冬の四大区分があり、『花譜』では一月、二月……、十二月に区分している。